コウの苦手科目の中に「挨拶」と「返事」があります。
これについては、学校でも放課後等デイサービスでも、あらゆる方法で取り組んでくれています。
家庭では、住んでいるマンションのエレベーターに誰か先に乗っているようなら、母(私)が察知して「誰か乗っていたら『おはようございます』って言うんだよ」と、
「今まさに」という場面であらかじめ言っておいたり、
「お友達からLINEが来たら(めったに来ない)、すぐに返事をした方がいいよ」と促したり、
「前回のCデイサービスでコウはビンゴに当たって、今日は賞品をもらえることになっているね。先生やお友達から『すごいね』『よかったね』と言われるんじゃないかな?『ありがとう』『嬉しいです』って返事してね」と、
その日起こりえることを想定して、どんな反応をしたらいいか、ヒントを与えたりしています。
そんな中、放課後等デイサービスでこんなやり取りがありました。
先日のD放課後等デイサービスからの連絡帳:
SSTで「お願い事をしたときに、相手から返事がなかったら…?」と言う場面について、職員のデモンストレーションをお見せし、どう思うか?どうすればよいか?をメンバーに考えてもらいました。
Aさん「Bさん、この紙を5枚ずつクリアファイルに入れてもらっていいですか?」→Bさんは、紙とクリアファイルを受け取り、無言で作業を始める場面。
Aさんはどんな気持ち?→Bさんはどうすればよさそう?という問いかけに
メンバーは『やってくれてるだけでいい』「僕の場合は特になにも感じません」と発表していました。実演した職員から『返事がほしいなって思った』ということで再度みんなに聞いてみました。メンバーの『普通にやってて作業は順調に進んでいるから。やってくれてるだけでいい。』という意見を聞いて、コウくんは「同じ意見です」と答えていました。
メンバーの意見をもとに『はい、わかりました』と言う返事をいれたやりとりを再度職員がしたあとにどうだったか聞くと、コウくんは「印象は温かくなった」と答えています。
最後に『おうちで声をかけられた時に返事はしていますか?』と一人ひとりに聞いていくと、コウくんは「特に何も言わず」と答えていました。
母からのレスポンス:
思春期特有の「照れ」もあるとは思いますが、挨拶や返事が苦手な特性としてはずっと変わりないです。
家庭内で朝、母から「おはよう」と声をかけ、返事があるまで顔を見つめ続けると「おはよう」または「ウン」と反応しています。笑。
「僕の場合は特になにも感じません」とは、本人の正直な感想を引き出してもらえて、それはそれで尊重してもらえる場があってよかったと思います。
『普通にやってて作業は順調に進んでいるから。やってくれてるだけでいい』というメンバーの意見も、このような脳の仕組みの人たちなんだなぁと改めて感じました。
挨拶や返事が苦手でも、「=邪悪な人間」と決めつけられることがなく、過緊張にならずに自然体で生きられる場所を選んでいきたいと思います。
指導者のみなさんは、返事ができるのが正当であり正解という誘導をしてくれているのが伝わってきます。
それに負けず流されずに「依頼した側は、相手が作業をやってくれるだけで十分」ときっぱり言う仲間は偉大です。
ぱっと見は、そのくらいのことができそうに見えて、できないのです。
高校3年生になってもほとんど変化がないのですから、相当に根深い特性なのだということが、よくわかりました。
親としては、この先は「何度指導しても挨拶や返事ができない」などと叱責されたり評価されない所で暮らしてほしいと願うばかりです。